名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)339号 判決 1963年9月27日
控訴人附帯被控訴人 国
訴訟代理人 上野国夫 外一名
被控訴人附帯控訴人 三宅八郎
主文
本件控訴および附帯控訴は、いずれもこれを棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人)(以下単に控訴人と云う)の指定代理人は、控訴事件について、「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴事件について、「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴人(附帯控訴人)(以下単に被控訴人と云う)の代理人は、控訴事件について、「控訴棄却」の判決を求め、附帯控訴事件について、「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し、金一一七、八〇〇円およびこれに対する昭和三六年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用および書証の認否は、次のとおり附加する外、いずれも、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(当審における当事者双方の陳述)
被控訴代理人は、本件附帯控訴事件について次のとおり述べた。
(一) 被控訴人には、原判決認定のような過失は全然なかつたから原判決が過失相殺の法理を適用し、被控訴人の請求金額を減額して認容したのは違法である。すなわち、一般に、執行債務者は執行に立会うべき義務を負わない上に、執行の方法やその目的物の保管方法について執行吏に注意すべき義務をも負わないのである。本件執行においては、執行の当初被控訴人は執行の現場に居つたが、本件債務名義に表示せられた地番と現実の地番とが異つていたため、被控訴人は執行吏に対してその旨を述べ、右債務名義に基く執行は違法であると抗議したけれども、容れられなかつたので、さらに警察官に訴えるべく、執行現場を立去つたのである。その後、被控訴人の不在の間に本件執行が完了せられたのである。それ故に、被控訴人に対して、原判決が説示しているような損害の発生を防止すべき必要な措置を採るべきことを要請することは、無理を強いるものであつて許されない。従つて、被控訴人に原判決説示のような過失は全くなかつたものと云える。
(二) よつて、原判決が被控訴人の過失をも認め、本件について過失相殺の法理を適用し、被控訴人の請求金額を減額して認容したのは違法である。この点において、原判決は取消を免れず、従つて、被控訴人は控訴人に対し原判決摘示の請求原因に基き請求どおりの損害賠償金額の支払を求めるため、本件附帯控訴に及んだ。
控訴代理人は、本件控訴事件および附帯控訴事件について次のとおり述べた。
(一) 本件執行は執行吏の職務権限に属していないから、本件執行行為による損害について、控訴人に賠償責任はない。すなわち
(イ) 原判決は、執行吏の本件立木収去行為は執行吏の職務行為であるとして、控訴人に賠償責任があると断定している。けれども、右行為は、いわゆる、代替執行における第三者の作為実現行為に該当し、執行吏の職務権限の行使には該当しないものである。さらに詳述すると、本件のように、地上物件収去土地明渡請求の勝訴判決は、土地明渡の債務名義と地上物件収去の債務名義の両個の債務名義を包含し、かつ、この両者はそれぞれ別個の義務を内容とし、その執行方法も異つている。すなわち、後者については、民事訴訟法第七三一条により執行せられ、その権利の実現には執行吏の職権発動を要するのに対して、前者については、民法第四一四条第二項民事訴訟法第七三三条第一項により執行せられ、その権利の実現は、裁判所から授権を得た債権者の任意選任にかかる第三者(その資格については何等の制限もないから、必ずしも執行吏であることを要しない)の収去実現行為により果されるものである。この場合、右収去行為をなす第三者は、債権者の委任に基いてその行為をなすに過ぎず、国の機関として右行為をなすものではない。このことは、債権者が偶々執行費用取立の便宜上から、執行吏を右に云う第三者として選任した場合でも少しも変らない。それ故に、執行吏が債権者から右執行行為の委任を受けた場合でも、執行吏は国の機関としてこれを受任するものではなく、一般人と同様の立場で受任し、債権者から授権せられた権限を行使するものに過ぎない。従つて、その執行は執行吏の職務権限には属しないものと云える。
(ロ) ところで、本件立木収去行為は、債権者が代替執行のため昭和三六年三月一六日裁判所から授権決定(岐阜簡易裁判所同年(サ)第七〇号)を受け、これに基いて本件執行吏にその執行を委任したので、執行吏は本件執行をなすに至つたのである。それ故に、仮りに、本件立木収去行為について何等かの違法があつて、損害が発生したとしても、控訴人は国家賠償法により損害賠償の責任を負うべき理由がない。
(二) 仮りに、本件立木収去行為が執行吏の職務権限に属するとしても、本件執行行為は違法でないから、控訴人はこれによる損害につき賠償責任を負わない。すなわち、
(イ) 原判決は、執行吏が即時に執行することにより受くべき債務者の損害と、執行遅延により受くべき債権者の損害とを比較して、その考慮により適当な時期を選ぶべき義務を有することと、換言すれば、執行吏は、その執行時期について裁量権があることを前提として、本件立木収去行為を違法の行為と判断したけれども、右判断は誤である。詳述すると、強制執行ことに執行吏の執行行為は、実体的権利関係についての実質的判定から解放せられたものである。このことは、執行制度における能率の観点からする基本的要請であつて、執行吏は債権者から一定の時期を基準として一定の請求権の存することを明示した債務名義を提出され、執行の委任を受けたときは、専ら、技術的な適法性に留意して、所要の権利実現措置を事務的に実施すべきものである。この場合に、執行吏は、執行の結果の当否についての実質的判断をなすべきものでない。勿論、執行吏が個々の執行をなすに当り、債権者の委任の趣旨に適合する範囲内で、債務者の利益をも極力尊重してその具体的行為を決定すべきことは当然であるけれども、右程度を超えて、債権者の債務名義上の権利に実質的な影響を与えるような決定は、執行吏として為し得る限りでない。もし、そのため、何等かの不合理な結果が生ずるものとするならば、それは別途に、強制執行法上、または実体法上の権利保護制度によつて解決せらるべきものである。執行吏が債務者保護のため、右のような執行方法をしなかつたと云つて、これを違法とすべき理由はない。
(ロ) ところで、本件立木収去の債務名義は、すでに昭和三五年六月一二日に確定しており、債務者は、おそくとも右と同時に本件立木を収去すべき義務を有し、また債権者は、右と同時に本件立木の収去を受くべき法律的利益の確認を受けていたのであるから、本件執行吏が、債権者の委任により右債務名義に基いて昭和三六年三月二五日本件立木の収去行為をしたことは、執行法上妥当である。これに反して、執行吏において、右行為を立木移植適期まで延期し、もつて債権者の委任の趣旨を害し、その権利の実質を侵害し得る権限はない。それ故に、本件立木収去行為は違法でなく、従つて、控訴人が右行為による損害につき賠償責任を負わない。
(三) 仮りに、本件損害が発生したとしても、その損害は執行債務者である被控訴人が受忍すべきものであつて、執行吏にその責任なく、従つて、控訴人もその賠償責任を負わない。すなわち元来、本件執行債務者である被控訴人は、本件地上に本件立木を所有する権利を有しないのみならず、本件債務名義確定後、本件執行までに本件立木を移植するに足る充分な時間的余裕を有したのに、敢えて右収去義務を怠り、よつて本件執行による不利益を招いたのであるから、その損害は当然被控訴人が受忍すべき性質のもので、執行吏にはその責任がない。
(当事者双方の新立証)
被控訴代理人は、甲第三号証を提出し、証人山田浅雄の証言並びに被控訴人本人の尋問の結果を援用した。
控訴代理人は、証人笠原勝、安田登志緒の各証言を援用し、甲第三号証の成立を認めた。
理由
当裁判所の判断によるも、被控訴人の本訴請求は、原判決認定の範囲内において認容せらるべく、その余は失当として棄却せらるべきものと考える。その理由は、次の点を附加する外、原判決の説示するところと同一であるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張の当否)
先ず(一)の主張について考える。
本件立木の収去行為が、控訴人主張のとおり民法第四一四条第二項、民事訴訟法第七三三条第二項による裁判所の授権決定(岐阜簡易裁判所昭和三六年(サ)第七〇号)によるものであることは、成立に争のない乙第一号証、甲第三号証によつて明白である。
ところで、本件の如く代替作為命令の執行について、第一審受訴裁判所の授権決定において、債権者以外の第三者として執行吏が指定せられた場合には、右執行吏は、執行機関たる裁判所のため補助的に行動するものに過ぎぬこと勿論である。しかしながら執行吏が一旦受任して、その執行をなす限りにおいては、右は国家機関にあらざる純然たる私人として執行をなすものではない。その執行は、国家機関としての執行吏の執行々為であり、執行吏は公権力の行使としてこれに当るもので、右はまさに執行吏の職務権限の範囲に属すると云い得る。このことは、執行吏の執行以外の債務名義の執行に際して、債務者がその耐忍すべき義務を有する行為に抵抗する場合、執行吏は債権者の申立により右抵抗を排除する職務権限を有すること(執行吏執行等手続規則第五六条参照)に徴しても、明白であろう。それ故に、控訴人の(一)の主張は採用できない。
つぎに(二)の主張について考える。
およそ強制執行は(債権者の権利を実現することを目的とするものではあるけれども、同時にこれにより債務者に対して不当に不利益を負わしめないよう、充分な注意のもとになさるべきものである。本件の如く、執行として立木の収去に当たる者は、特にその時期と方法を誤るときは、債務者に不当に不利益を負わしめる結果となることは、通常人の容易に予見し得るところであるから、その執行に際しては、特にその時期と方法を慎重に考慮すべきことを要する。
ところで、本件立木の収去の執行の状況をみるに、その収去の時期が適当でなかつたことは、原判決の説示するとおりであるがこれに加えて、原審並びに当審における証人山田浅雄の証言、被控訴人本人の尋問の結果を綜合すると、本件執行に当つた執行吏(その指揮を受けた人夫達)は、本件立木をごぼうぬき(根元に土壌をつけておくことを考えないで引きぬく方法)にした上に、収去後これを材木か大根でも置くように、単に横に積み重ねて置いたたけで、これを適当な個所に仮植する等、立木保護のための特段の注意義務を尽さなかつたことが認められ、そのために本件立木が遂に枯死するに至つたことが判かり、原審証人岸野守一、当審証人安田登志緒、笠原勝の各証言中右認定に反する部分は、前記各証拠に照して、にわかに措信できない。
それ故に、本件執行吏は、前記注意義務に違反して本件執行行為を為したと云う過失責任を免れることができない。従つて、控訴人の(二)の主張も亦採用できない。
つぎに、(三)の主張について考える。
被控訴人が本件地上に立木を所有する権利を有せず、且つ本件債務名義の確定後本件執行を受けるまでに、本件立木を他に移植するに足る充分な時間的余裕を有したことは、原判決の説示からして明かである。従つて、本件強制執行のなされるに至つたのは、被控訴人がその義務を任意に履行しなかつたためであることは否定できない。しかし、それだからといつて、国が行う強制執行が債務者を不当に害する違法な方法でなされてよい訳はなく、債務者が任意に義務を履行しなかつたことと、強制執行が違法に行われたため、国がその責任を負うべきこととは別問題である。すなわち、本件執行によつて生じた被控訴人の損害を、当然同人において受忍せねばならぬとする控訴人の所論は首肯できない。よつて、右主張も亦理由がない。
最後に、被控訴人の附帯控訴の当否について考える
本件附帯控訴の趣旨は、原判決が被控訴人にもその認定のような過失のあつたことを認め、過失相殺の法理を適用したのは誤りであると云うことに帰着する。そこで、本件執行の際、被控訴人に原判決が認定した過失があつたかどうかの点について考える。
成立に争のない乙第六号証、原審証人岸野守一の証言を、原審(第一、二回)並びに当審における被控訴人の本人の尋問の結果に照して考えると、(一)本件執行吏が本件立木の収去行為に着手した際には、被控訴人は現場におり、人夫が大勢かたまつて生垣をこわしているところを現認していたこと、(二)しかるに、被控訴人はそれに対して何等の異議を述べず、本件債務名義に表示せられた土地の地番が現地と違うということを抗議し、警察官に訴えるべく現場を立去つていること、(三)その後、被控訴人は、本件立木が収去せられるところを見ることが不快であつたため、訴外山田植木店に赴き、又は街をぶらつき等して時を過ごし、本件収去行為が終了した頃、現場に帰来したことが認められる。
ところで、強制執行の執行債務者である被控訴人が、右執行に立会うべき一般的義務を有しないことは勿論であるけれども、本件の場合のように、いやしくも執行着手の当初、現場においてその着手の状況を現認している被控訴人としては、他に特段の緊急な用務のない以上、その後も現場に立会い、自己の所有にかかる立木が不当に取扱われ、それが枯死するに至る如き事態の起きぬよう、違法執行阻止のため、相当の処置をなすべきであつたと解せられる。しかるに、被控訴人は、右のような適宜の処置をとることを怠つたのであり、この点において、過失の責を免れ得ないものとみられる。
それ故に、被控訴人の無過失を前提とする本件附帯控訴は、その理由のないことが明白である。
以上説示したとおり、本件控訴および附帯控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長 山口正夫 神谷敏夫 丸山武夫)